2026/07/24 20:34

 第8話 決勝の拍手と熱い思い


今年度、会社では10のプロジェクトが立ち上がっていた。





 その中のひとつが、A君と私が一緒に進めてきた企画だった。









はじまりはぶつかることばかりだったのに、気がつけば、ここまで来ていた。





そして今日は、その最後の役員コンペ。





いわば、今年度のビジネス大賞を決める決勝戦だった。





会議室に入った瞬間、空気がぴんと張りつめているのがわかった。






役員は10名。





壁際の空気まで静かで、誰かが紙をめくる小さな音さえ響きそうだった。






私は手のひらにじっとりと汗がにじむのを感じながら、A君の横に立っていた。




投票は二回。




けれど結果は、どちらも互角。





一対一のまま、勝負はまだつかない。





私は思わずA君の横顔を見た。





彼は少しも慌てていなかった。





むしろ、まっすぐ前を見て、落ち着いた声で言った。





「大丈夫。僕を信じて!」






その言葉が、胸の奥にすっと落ちた。






強引で、生意気で、いつも自分のペースで物事を進める人。





そう思っていたのに、こういう時の彼は、どうしようもなく頼もしかった。





その一言だけで、張りつめていた私の力が少し抜けていくのがわかった。





やがて、最後のプレゼンの番が来た。





A君は資料を前に置くと、少しだけ息を吸い、そして役員たちを見渡した。





その目は、もう挑発的でも軽口でもなかった。





まっすぐで、静かで、それでいて強かった。






彼は話し始めた。






企画の内容。






お客様にどう届けたいか。






このプロジェクトに込めた願い。






そして、何度も何度も私と話し合ってきた時間。






「この企画は、洋子さんの意見を中心に考えました」







A君はそう言って、私のほうを軽く見た。





「彼女の考えは、ただのアイデアではありません。お客様の毎日を少しでも素敵にしたい、という本気の思



いです。





僕はその思いに強く共感しました。だからこそ、二人でこの企画を形にしたかったんです」




会議室が静まり返った。





誰も、ページをめくる音さえ立てない。





A君の声だけが、まっすぐに役員席へ届いていく。






そして彼の言葉は、企画の説明にとどまらなかった。






私たちが何を届けたいのか。






 お客様にどんな時間を過ごしてほしいのか。






その先にどんな未来を見ているのか。







夢と愛の言葉が、少しも飾られることなく、真っすぐに並んでいった。






その演説は、気がつけば五分近く続いていた。






けれど長いとは感じなかった。






むしろ、もっと聞いていたいと思うほどだった。






彼は、自分がかっこよく見えることよりも、伝えるべき気持ちを届けることを優先していた。






その姿が、たまらなく胸に響いた。






話が終わった瞬間だった。





社長が、すっと立ち上がった。






そして何も言わず、まず大きな拍手を送った。






その音が、会議室に乾いた緊張をほどいていく。







続いて、他の役員たちも立ち上がって次々と拍手を始めた。






私はその光景を見ながら、もう涙をこらえるのが精いっぱいだった。





胸が熱い。



目の奥がじんと痛い。



A君が、こんなにも真剣に、こんなにもまっすぐに、私たちの思いを言葉にしてくれた。





社長は拍手をやめると、ライバルの企画チームに向き直り、ゆっくりと言った。






「君たちの企画も本当に素晴らしかった。でも今のわが社に一番大切なのは、お客様への熱い情熱と思いで



す。」浅井君(A君)は、長々と説明するのかと思っていた。





だが違った。彼はこの熱い思い、そしてお客様への夢と愛をこんこんと語ってくれた。本当に素晴らしかっ



た。その1語、1語に胸を打たれた。




この二人の企画を、今年度の大賞にしたいと思う」




その瞬間、会議室の空気がふっと変わった。





役員たちはうなずき、ライバルのチームも悔しさの中に静かな納得を浮かべて拍手していた。





そして私は、もう完全に涙腺が崩壊していた。





嬉しくて、誇らしくて、A君がまぶしくて、どうしようもなかった。





この人、なんて素敵なんだろう。





男らしい。





強い。






なのにちゃんと人を立てる。







しかも、思いを語るときだけは、こんなにも真っすぐで、熱い。





もう少しで、会議室で「好きー!」と叫んでしまうところだった。






でももちろん、そんなことはできない。





私はこっそり視線を落としながら、それでも心の中では何度も何度も思っていた。




「好き。」





本当に、好きかもしれない。





会議室を出たあとも、A君の言葉が頭から離れなかった。






あの拍手。 あの表情。 あの声。





すべてが、私の中で何度も何度も反響していた。






そして打ち合わせの日々が終わりを迎え、 A君との楽しい時間も、ひとつ大きな区切りを迎えた。






家に帰るとまた大切なMy Personal Spaceが戻ってきた。







今回のことを振り返り、私は人を見かけで判断せず、心から信じることを学ばせてもらった。







「信頼して、信頼される」ってなんて素敵なだろう。真っ白な無撚糸タオルを顔に当てたとき、なんか人生





の大切なものを学んだ喜びがあふれてきた。「生きるって素敵!、そして人間って素敵!」




 

そんな思いにかられながら、しばらく会えなくなるが、またA君に会う日が待ちどうしかった。






しかしこのあと残酷な運命が待ち受けているとは、当の洋子も知る由もなかた。