2026/08/16 21:09

10話 マネージャーの重責との闘い

 

 

社企画部のマネージャーになって、しばらくが過ぎた。

 

昇格したとわかったときは、すごくうれしかった。

 

浅井君と一緒に取り組んだ社内コンペで優勝し、その経験を認めてもらえた。


これからは、もっと大きな仕事ができる。


自分の力を試せる。

 

そう思っていた。

 

けれど、実際にマネージャーになってみると、想像していた以上に大きな責任が待っていた。

 

自分が仕事をするだけではない。

 


メンバーに仕事を任せ、考え方を伝え、成長を支えなければならない。

 


誰かの失敗を受け止め、誰かの迷いに寄り添い、ときには厳しいことも言わなければならない。

 

「洋子さん、この企画の方向性がわからなくなりました」

 

「すみません。ここまでしか進められませんでした」

 

「どうして私だけ、こんなに任されるんですか?」

 

一人ひとりの言葉に、どう向き合えばいいのかわからなかった。

 

正解が見つからない。

 


自分では良かれと思って言ったことが、相手を追い詰めてしまうこともある。

 


反対に、気を遣いすぎると、何も伝わらない。

 

私がマネージャーとして、ちゃんとできていないからだろうか。

 

そんな迷いを抱えたまま、毎日が過ぎていった。

 

会議では判断を求められ、部下からは相談を受け、上司からは結果を求められる。


どこにいても、誰かの期待が背中にのしかかってくる。

 

家に帰ってからも、頭の中は仕事のことでいっぱいだった。

 

「あの言い方でよかったのかな」


「もっと違う伝え方があったのではないか」


「私がしっかりしなければ……

 

眠りも浅くなった。


鏡を見ると、ストレスで肌は荒れ、以前より顔色も悪くなっている。


ある朝、髪を整えていると、頭の一部分だけ地肌が見えていることに気づいた。

 

……え?」

 

指先でそっと触れる。


そこには、丸く髪の薄くなった部分があった。

 

胸の奥が、ひやりとした。

 

これも、頑張りすぎたせいなのだろうか。


それとも、別の原因があるのだろうか。

 

不安になった私は、ひとりで抱え込まず、皮膚科に相談することにした。

 


けれど、診察を受けたあとも、心の重さはすぐには消えなかった。

 

 

その日の夜、私はいつものように洗顔をした。

 


けれど、ストレスで肌が荒れているせいか、いつものパートナー以外使う気がしなかった。

 

そして、白い無撚糸タオルを手に取った。

 

顔にそっと当てる。

 

その瞬間、ストレスで荒れた肌はいっきに開放された。

 

ふわりと、やさしい。



こすらなくても、そっと水分を受け止めてくれる。

 


荒れて敏感になった肌を、責めることなく包んでくれる。

 

……やさしい」

 

思わず、声がこぼれた。

 

こんなにつらいときだからこそ、この肌当たりがありがたかった。

 


いつもなら何気なく感じていた柔らかさが、今夜は心の奥まで届いてくる。

 

タオルは何も言わないが、その優しい肌触りが「大丈夫」と言ってくれている気がした。

 


そして、疲れた私をそのまま受け止めてくれる。

 

その静けさに包まれていると、少しずつ呼吸が深くなっていった。

 

そして、ふと浅井君のことを思い出した。

 

社内コンペの決勝。



あれほど緊張する場面で、浅井君は私に言った。

 

「大丈夫。僕を信じて」



あのとき、浅井君はどうして、あんなふうにチームを動かせたのだろう。

 

強引に見えて、実は誰よりも周りを見ていた。

 

二人きりのときは遠慮なく意見をぶつけてくるのに、みんなの前では、相手の努力をきちんと言葉にしていた。

 

私の意見を中心に考えたと、堂々と伝えてくれた。

 


私が力を発揮できるように、見えないところで道をつくってくれていた。

 

浅井君は、相手を動かそうとしていたのではない。


相手のことを、心から思っていたのかもしれない。

 

だから、私もみんなもついていった。


だから、私もあの人を信じることができた。

 

「私も、そういうマネージャーになりたい」

 

無撚糸タオルに顔をうずめたまま、私は小さくつぶやいた。

 

完璧でなくてもいい。

 

すぐに正解が出なくてもいい。

 


相手の立場に立って、相手の力を信じること。

 


その人が自分らしく進めるように、そっと支えること。

 

それなら、私にもできるかもしれない。

 

ニューヨークにいる浅井君も、きっと今ごろ新しい場所で闘っている。

 


見知らぬ土地で、大きな責任を背負いながら、それでも前を向いているはずだ。

 

「浅井君も頑張ってる。私も頑張ろう」

 

そう心に誓うと、さっきまでの不安が少しだけ形を変えた。


消えたわけではない。


でも、向き合えるものに変わった気がした。

 

白いタオルの隙間から、照明の光が差し込んでくる。


その光はまるで、変わっていく新しい自分の未来の姿を照らしているようだった。

 

My Personal Space。私だけの大切な時間。

 

ここに来ると、私は素の私でいられる。


頑張りすぎた私も、迷っている私も、弱さを抱えた私も、そのまま受け止めてもらえる。

 

そして、ここで一度立ち止まるからこそ、また前へ進める。

 

洋子は、無撚糸タオルのやさしい肌当たりに包まれながら、ゆっくり目を閉じた。

 

明日から、いきなり立派なマネージャーにはなれないかもしれない。


それでも、一人ひとりをちゃんと見ていこう。


相手を信じ、相手の力を引き出せる人になろう。

 

遠いニューヨークにいる浅井君を心の支えにしながら、洋子は静かに誓った。

 

そしてその夜、久しぶりに、心から安らかな眠りについた。